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デザインすることで理解者が増えたと
感じる時がいちばん幸せ
―グラフィックデザイナーとして、何を制作されているのでしょうか? 朝日新聞社時代の仕事内容を含めてお得意の分野を教えてください。
学生時代にはポスター、写真、シルクスクリーン、デッサン、油絵、サイン計画、マーケティング、タイポグラフィなど平面デザインのほとんどを経験しました。新聞社時代は主に、記事部分のグラフィック部品を制作していました。特集ページの大型グラフィックス、写真コラージュ、地図、グラフ、チャート、イラスト、タイトルカットや、インフォメーショングラフィックスと呼ぶ、グラフィックに記事や写真を組み合わせてひとつにした大型チャートなどですね。
わたしはイラストが得意なのですが、性質的にはデザイナーが向いていると思っています。今、興味がつきないのはWebデザインです。毎日勉強、研究、制作しています!
―デザインの源、発想はどこから湧いてくるのですか。デザインの勉強法も教えてください。
源は見たもの感じたもの、経験したことすべてです。ふだん見かけるあらゆる媒体、電車の中吊り広告から展覧会のチケット、お茶のパッケージや子供服、虫の形、色、におい、音。新しい感覚を知りたいという気持ちと、普遍の美しさとを比較しながら思考すること、観念にとらわれないで感じたことに正直にありたい、と願っています。反省もこめて。
―デザインの仕事でいちばんやりがいのある時、幸福感を感じる時ってどんな時ですか。
デザインすることで理解者が増えたと感じた時。デザインによって、メッセージがシンプルに、過分なく伝わればとてもうれしい。自分のキャパをちょこっとだけはみ出して、制作だけではなく企画や文章、販売面などトータルで面白いことができそうな時は充実します。
―締め切りが迫っている、アイデアが湧かない!と行きづまった時、どうされますか。
外に出て、違うことをしながらでも地道に考えたおす。気分を暗くしないで考え続けられるのがベストです。
―デザイナーといえば、子どものころから絵を描くのが上手かったという人が多いと思うのですが、中野さんは自覚はありましたか。グラフィックデザイナーを志されたきっかけを教えてください。
小学生の時に習っていたピアノの先生に「音大へ行くなら今から対策たててやらないと。どうするか決めてください」と言われたことがありました。その時、絵を描いて生きていきたい、とぼんやり思ったのがグラフィックデザイナーへの一歩だったと思います。
絵は、子供のころからずっと描いてきました。小学1年生の時「お話の絵」で赤鬼を描きましたが、何の迷いもなく足から描きはじめ、肩のあたりで上部の余白が少ないことに気が付いたのです。めげずに無理矢理、頭をひん曲げて描き上げました。顔まで全身毛だらけ付き(笑)。小さいころの絵の記憶はたくさんありますよ。
―新聞社でのデザイナー体験でいちばんのメリットは?
毎日、800万人の読者に見てもらえることです! 新聞という媒体上、制約が多いのですが、効率良く短時間に仕上げるには都合が良いこともあります。デザインに集中できて自分の解釈が生かされることが多い。もちろんそのまま通らないこともあり、やりとりがあるわけですが。それとわたしはどっちかいうとぼーっとした性格なのですが、新聞という仕事のおかげで、締め切りには敏感でたまに機敏になったりします(笑)。
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P R O F I L E

なかのりか 1968年大阪生まれ、東京都在住。京都市立芸術大学美術学部デザイン学科ビジュアルデザイン専攻卒業。在学中に幅ひろいデザイン作業を経験。卒業後、朝日新聞東京本社にデザイナーとして就職、紙面のグラフィックデザインを担当。入社後半年はまだマッキントッシュがなく、烏口(からすぐち)やロットリング、スクリーントーンなど、ほとんど職人のような手仕事だった。4年後大阪本社に転勤、計13年半勤めた後、2003年10月意を決して退職。現在はフリーのグラフィック&Webデザイナー、Webディレクターとして活躍中。 |
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