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YUMBLE KEY-PERSONS File07

先山万紀子さん  Makiko Sakiyama   有馬温泉 旅館・奥の坊 女将

こんにちは! みなさん、
ぜひ有馬にいらしてくださいね

日本三古泉のひとつ、有馬温泉に旅館を
かまえて815年! 老舗旅館を経営しながら
有馬の宣伝に貢献する美人女将。

奥の坊とは、あのイイクニツクロウ鎌倉幕府の前年、1191年には歴史にその名が登場するという、老舗中の老舗旅館です。先山万紀子さんはそんな旅館を切り盛りする、社長兼女将。テレビや雑誌に美人女将として紹介されることも多く、どこへ行っても笑顔を振りまいて有馬の発展のために大活躍中です。当社代表の親友でもある先山さんに、女将業や老舗業の裏話、喜びと苦悩?!、奥の坊の歴史などについて、赤裸々な内輪話を伺いました。
P R O F I L E
さきやままきこ・1966年神戸市・有馬生まれ有馬育ち。奥の坊の社長兼女将。奥の坊のひとり娘として生まれ育つ。大学卒業後、大手金融機関に就職してOLを経験後、実家の奥の坊に帰り、先代社長のお父さんを助けながら女将業に携わる。先代が亡くなった2003年春に跡を継ぎ、社長就任。一女の母としての顔も。趣味は温泉!

   

女将業は優雅とはほど遠く、
24時間寝ても覚めても女将です

―先山さん、ようこそ! 先山さんは30代のお若さで奥の坊の社長と女将をされているのですね! 女将業とはどういうことをするのでしょうか。女将さんの一日を教えてください。

  女将業ですか? ひとことで旅館の顔ですね。お客さんにゆったりとくつろいでいただけるように、あらゆることをします。
  朝旅館に行ったらまず、昨晩、突発的なことがなかったかどうかを確認します。それから朝食のチェックと、チェックアウトでお帰りになるお客様のお見送り。お客さんが皆さんお帰りになったら、次はフロント仕事です。当日ご宿泊されるお客さまのお部屋割りのチェックや、前日の会計、仲居さんの部屋割りなどをチェックします。
    そこから館内を見回して、メニューの変更、仕入れの相談、業者と打ち合わせなどをして、それで午前中は終わります。 まあ、ランチは14時から16時ぐらいになることが多いですね。食べれないこともしょっちゅうです。
  午後からはお客さまのお迎えの準備です。お風呂やトイレなど水まわりを重点的に客室チェック、それにスタッフから客室の不備が届けば、修理やその手配…。 あっというまにチェックインの時間になって、お客さまをお迎えします。またすぐに、夕食の時間が来る。きちんと調理場に通っているかとか、とどこおりなく夕食が流れているかなどを見ます。
  夕食が終わったら、「この食材はあまり食べてもらっていない」など客室係からの報告を受け、調理場といっしょに考え直すなどの作業に入ります。
   夜は週末に向かっての算段や館内設備のこと、売り場のレイアウト変更、誕生日のお客様へのサービスを考えるとか、こまかーい仕事が山積みです。また、日常業務とはべつに温泉組合の会合、勉強会へ参加したり、経営者としての仕事とも格闘しています(笑)。

―テレビのドラマやドキュメンタリーで出てくる温泉女将はとても優雅なイメージですが…。女将業を憧れのお仕事と思う女性も多いようです。

  優雅…まったく逆ですよ〜(笑)。わたしも表舞台に出るときは着物をきちっと着て、髪を結っていかにも優雅に見えるように努力しますけど、裏ではもう大変。長靴をはいて皿洗いをしたり、水周りの掃除をしたり、汗だくでエアコンを点検したり。
 女将=女性の仕事のようで、裏では女性はあんまりしないような、荒い力仕事がほとんどでなんです(笑)。でも表に立つと、女性としての気配り、お客さまへの心からのサービスとは、を考えてスタッフの先導を切って行動します。
  どこの旅館の女将さんもそうじゃないですか。優雅と裏はらのなんとやら。あはははは。 何時から何時までという仕事ではなく、お盆と正月とゴールデンウイークは必死で働いていますし、家族旅行や友達と遊ぶのもままならないことが多いですね。


―先山さんは奥の坊のひとり娘としてお生まれになった、いわば奥の坊の直系の人なんですね。あとを継ぐのに、迷いはなかったですか?

  ありましたよ、すごい葛藤が(笑)。兄弟がいないので、小さい時から周囲のおとなに“大きくなったら奥の坊の女将さんやねえ”と言われ続けて育ちました。奥の坊のなかで(笑)。
 2年ほどOLをしてから有馬の世界に入りましたが、最初はそれはそれは驚きました。父親の代理で会合に出ると、私以外、周囲の経営者の人たちは皆さん、父と同じ年代かそれ以上の方ばかり。 「なんでここに私がいるのだろう…。あー場違い〜」って感じ(笑)。でも、無意識下の女将意識のようなものが子どもの時から培われてたように思います。
  「女手で大変ですね」とよく声をかけていただきますが、奥の坊の歴史を考えると、過去にはそんなことも繰り返しているはずです。それでも引きついでくれたご先祖がある。わたしがここの家に生まれて女将をしているのは、運命じゃなくて宿命だと思っています。
  え、娘ですか? 娘はまだ2歳8ヶ月ですが、すでに「ママと働く〜」と言ってくれています(笑)。まあどうなるかわかりませんが、娘は自分の力で幸せになってくれたらそれがいちばん。
  わが子に継がせたいという想いはありますが、その想いと、奥の坊を継承させるのは別問題です。わたしには、継承だけではなく、発展させるという役割もあるんです。


―先山さんの友人はみな、「天性の女将」と言ってますよ。女将業に目覚められたのはいつごろですか。

   はじめて奥の坊の名刺を配って歩いた時に最初の自覚がありました。それから15年ほどたって、その重みは、2年前に父が亡くなった時にどんとやってきました。 ああ、親の傘のなかにいたんだなあ、とそれまでの甘えを痛感したんです。
  同時に、この所帯を自分が背負っていくのか、というプレッシャーと、これからは奥の坊を代表して生きるんだ、という決意とが同時にわいてきました。
  お客さんに「ありがとう、楽しかったわ〜」と言ってもらった時がいちばんうれしいです。お顔をいつまでも覚えています。
  なによりありがたいのは、怒ってくださるお客さんのことばの裏側に愛情を感じた時です。ほんまにがんばらんとあかんなあと思います。 客室に呼び出されて、怒鳴られたりすることもあって、もう泣きそうになるけれど、最後には「また来年くるからちゃんとしといてよ」と言われたりすると発奮します。
  わたしたちがお客さまに言う“ありがとうございました”、と、お客さまがおっしゃる“ありがとう”の意味合いは違います。それを知らなくては。
   女将業は天職だと思っています。この仕事が好きですから! 夢をもってやっていける仕事です。


100万ドルの笑顔でお出迎え。奥の坊の旅館のいちばんのウリは女将さんのこの笑顔! と常連さん。


有馬温泉は神戸市北区、六甲山系の中腹にあり、京阪神から約30分〜1時間で行けるアクセスのよさでも知られる。奥の坊は有馬のなかでも高台の、素敵なロケーションに建って威風堂々!



有馬の湯のひとつの「金泉」は、塩分と鉄分満載だから空気に触れると茶褐色になる。


奥の坊の露天風呂は金泉。有馬のなかでも人気のお湯で、奥の坊では立ち寄り湯もできる。
 


内風呂は「太閤の湯」と「淀の湯」があって、毎日男女が入れ替わる。
 



エステ&リラクセーションルーム「楽縁」の評判は、有馬の芸妓さんの間に口コミで広まった。エステ、フットケア、中国整体などメニューも多彩。ランチと温泉とエステのセットプランもある。
   


有馬では珍しい、気軽にランチができる和食レストラン「温」。立ち寄り湯とのセットプランもあり、お洒落な空間でゆっくり過ごせそう。
 



奥の坊のいちばん人気、「神戸牛三昧プラン」のお料理。神戸牛のたたき、しゃぶしゃぶ、ステーキが盛り込まれたコースが出る!

 

「料金のわりに食事は豪華!」とお客さんに喜んでもらえるんです、と女将さん。京会席プラン、レディースプラン、お祝いプランなどもある。

  


奥の坊は、有馬でも歴史ある旅館。鎌倉期、十二神将にちなんで建てられた十二の宿坊のうちのひとつだ。今、建物にその面影はないが、おもてなしの心は代々受け継がれている。
   



ファン必見! 奥の坊は司馬遼太郎の名著『国盗り物語』で、斉藤道三が泊った宿として登場する。道三がのちに大金持ちになるきっかけの、油問屋の女主人との恋のステージの役割で、約40ページにわたって奥の坊を舞台にした2人のやり取りが展開する。
       

宿坊が開かれたときからいたという、湯女。奥の坊では代々「なつ」という通り名で呼ばれていた。毎年1月2日、有馬の芸妓さんが湯女に扮し、行基、仁西上人の仏像を出迎える儀式「入初式」を開催している。
   


「有馬温泉内の人気スポットの鼓ケ滝です。三方を山に囲まれた有馬は六甲山系の標高350〜420メートルのことろにあって過ごしやすいんですよ」と女将。
   

  「瑞宝寺公園は、秋の紅葉がお見ごとです。公園が山の傾斜にあるので、ゆるやかな坂になっています。ウォーキングにどうぞ!」
   

奥の坊に代々伝わる家宝
「子宝じょうご」の謎

―有馬のなかでも、奥の坊さんのように「坊」とつく旅館はまず、平安から鎌倉時代に登場するそうですね。

 そうなんです。奈良時代に高僧の行基(ぎょうき)が有馬に来て、薬師如来を安置した温泉寺をつくって有馬温泉を開いたんです。当時の入浴は高貴な人の特権だったようですが、行基は湯を浴びて清潔にしましょう、と、一般に広く教えたそうですよ。それから有馬には人が集まりはじめて発展していきます。
 大昔、温泉はたいてい僧侶が開いたそうですね。お湯の効果で傷が癒された人を集めては、「霊験が〜」とか言ってたそうで(笑)。
 でも、11世紀に大洪水にあって荒れはててしまいます。 その後登場するのが我らが仁西(にんさい)さま。奈良の吉野の僧侶ですが、夢で熊野権現のお告げを得たとして有馬温泉を再興するんですね。
 その時に仁西さんは、薬師如来を守護する十二神将にちなんで「十二の坊」をつくられました。これです、これが今に続く「坊」とつく旅館のはじまりで、奥の坊もこの時にできまして、運営を開始しています。つまり奥の坊は、温泉寺の宿坊のひとつだったわけです。

―はーっ、なんだかすごい由緒ですね…。そういえば有馬には、坊とつく旅館が今も何件がありますね。

   1191年に十二の坊がつく宿が生まれました。その後、藤原定家や足利尊氏はじめ、室町時代には300年にわたって京都や大阪の貴族、豪族がこぞって有馬を訪れているんですよ。
  皆さん、癒しが目的です。当時はかなり山深いのですが、畿内では当時、有馬は唯一の温泉地だったので。お金持ちの都人にとっては、一大療養地だったのかもしれません。    

―有馬は畿内、都に近いという地の利がありますからね。もっと古くは神代の時代の伝説も残っているとも聞きましたが。

  はい、有馬の起源は神代の説話からです。少名彦命(スクナヒコナノミコト)と大己貴尊(オオナムチノミコト)という神さまが、有馬の水たまりで傷を癒している三羽のカラスを見つけはったんですね。それで「お、これは温泉だ」と言われたかどうかはわかりませんが(笑)、とにかく、薬的効果がある湯が沸くということを発見された、と伝わっています。
  7世紀前半には舒明天皇や孝徳天皇が有馬に行幸された、と日本書紀に記録されているんですよ。 孝徳天皇は子どもがいなかったことを気に病んで、子宝の湯といわれた有馬に3ヶ月近くも滞在しています。大勢でいらして温泉宮まで造営したらしく、「都が有馬に移ったような観あり」、と書いている本もあります。
  その結果、孝徳天皇はついに子宝に恵まれて、生まれたのが有馬皇子(ありまのみこ)です。のちに悲劇の運命をたどることで有名な皇子さまですね。

―ああ、そうなんですか、有馬皇子って有馬温泉の有馬なんですね。

  そのようです。あのぅ、それでね、奥の坊には子宝の湯に由来する家宝がありましてね、それ、「子宝じょうご」って言うんです。代々伝わっているもので、何度かテレビなどで取材を受けたこともあるシロモノなんです(笑)。

―はい? なんでしょうか、その、コダカラ…は?

  な、なまなましい形をしているあるものですが、とても写真は出せません。え?イラスト?、絵でも無理です〜(笑)。 推測ですが、子宝じょうごを女性の体内におさめて有馬の湯につかると、内部に湯が浸透して子宮があたたまる、それで子どもができる、といういわれかな、と思っています、形からして(笑)。
 なにかの文献で読みましたが、これは江戸時代の医者が考案した不妊治療のためのものらしく、当時、ひょうたん、ガラス、銀、銅などの素材を使って作ったそうですが、ついに、腕のいい技術者が木製のじょうごを作ったとか。 先山家は代々医者の家系だったので、それが伝わっていると父から聞きました。

―それ、現物か写真か、見たいですね! どんな形なのか気になります。有馬の湯は芯からからだが温まるので、女性のからだにいいということなのでしょうか。

  あまりつっこまないでください(笑)。ではここで、有馬温泉の効果効能のお話をさせてください。有馬の湯は混合泉なんですね。関西方面の方ならよくご存知の、赤褐色をした「金泉」と愛称で呼ばれるお湯は、含鉄・ナトリウムー塩化物強塩泉のことで、海水の約5倍もの塩分を含んでいるそうです。有馬の湯のなかでも塩分濃度がもっとも高い。たくさんの鉄分も含むので、空気に触れると酸化して茶褐色のようになります。
 次に有名なのが、「銀泉」と呼ばれる無色透明の湯。こちらはナトリウム・塩化物―炭酸水素塩泉と、単純放射能泉といわれるラドン泉があります。どちらも効能は、神経痛、筋肉痛、五十肩などからだの痛みを癒し、冷え症、慢性婦人病など女性の病によく効くことで有名です。最近はアトピーなど肌、皮膚の悩みを抱えて湯治的にお越しになる方も多いですね。

―有馬の温泉は、サイダーのもとっていう話は本当ですか?
 
  よくご存知ですね! 昔、有馬の子どもは銀泉のひとつ、炭酸泉に砂糖を入れて飲んでいたそうで、これがいまのサイダーではないか、と言われています。日本のサイダーの発祥地ではないか、と。 炭酸泉が飲用できる公園にそのいわれが書いてありますが、有馬に来られたら一度飲んでみてください。すっごーい妙な味ですよ。


―はい、飲みました(笑)。からだにいいのはわかるのですが、砂糖ぬきでしたし、すっごーい味でした(笑)。歴史的には、私たちの知識では有馬は秀吉ゆかり、というイメージですが。

 
そうですね。室町時代に栄えた有馬も、戦国に入って大火災が起こり、有馬中の寺や家が焼きつくされています。それを救ってくださったのが豊臣秀吉です。ねねさんを連れて、何回も有馬を訪れているんです。 太閤秀吉の「有馬の大茶会」は歴史上有名ですね。千利休を伴って、お茶会を催しました。これにちなんで、11月2、3日には有馬の寺や旅館のあちらこちらを会場にした有馬大茶会というイベントを開催しています。全国から観光客の方が集まってこられます。

―奥の坊は司馬遼太郎さんの名著『国盗り物語』で、斉藤道三が泊った宿としても登場しますね。油問屋の御料さんと仲良くなる、見せ場の舞台で…。
 
 
そうなんです。物語の最初、まだ松波庄九郎の時代に、京都の奈良屋という大金持ちの油問屋の主人で後家のお万阿(まあ)という、それは美しい、京都中の男性の憧れを一身に集める女性との密会の場所…が奥の坊です。昔から活躍しています(笑)。
 奥の坊で仏教書を読みふける庄九郎をお万阿が京から追いかけてきて互いに口説き合うのですが、「奥の坊の狐」の仕業とかなんとか言い合って口説いています(笑)。
 その後、庄九郎はまんまとお万阿にとりいって奈良屋のお婿さんに入り、その財力を利用して戦国の世に出世を果たしていくんですねぇ。全体を通しても、奥の坊でのふたりの逢瀬は国盗り物語の重要なシーンのように思うんです。

―微妙で素敵な恋愛の駆け引きがけっこう長文で展開しますからね。読者の印象に残るのではないですか。昔のNHK大河ドラマの国盗り物語でももちろん、出てくるのですよね。
 
  ええ、今年のお正月にテレビ東京系列で放映された長い歴史ドラマも国盗り物語でした。このころの奥の坊はどんな人がどんなふうに営んでいたのかなあ、とか、遠い昔の、歴史をつくるような場面に司馬さんが奥の坊を登場させてくださったことを考えると、いつも胸が熱くなります。
 それから、有馬の温泉文化を伝えるうえでは、昔、温泉場にいたお客さんのお世話をする湯女(ゆな)の存在もよく知られているんです。有馬の湯女は教養があって、貴族の入浴前後には琴をひいたり和歌を詠んだりしたそうです。
 うちをはじめ、有馬の宿坊では、代々、湯女も跡取りがいて、名前も決まっていたんですよ。奥の坊は「なつ」といいます。それだけ重要な役割を果たしていたのでしょう。
 湯女には40歳から54歳までの大湯女と、13歳から22〜23歳ぐらいの小湯女とがいましてね、なかなか出てこないお客さんに、「あがれあがれ」とせかす役目でもあって、それが今の盆踊りの原点だ、という説もあります。
 兵庫県では、明治元年に混浴禁止令が出て、湯女も禁止されますが、有馬だけは特例が出て、湯女は明治16年まで続きます。商売上欠かせない存在だったからと言われています。


―有馬の温泉文化、聞けば聞くほど奥が深いですねえ。    

大事なのはきょうのおもてなしの心
「有馬一やさしい旅館」を目指して

―歴史があるということは、隆盛と天災と荒廃と再興の繰り返しですね。最近では阪神淡路大震災で被災されていますね。

 有馬温泉全体が被災しました。皆さん、いろんな想いを抱えておられます。でもその後、見事に立ち直って、最近は有馬全体の集客力はかなりアップしているんです。復興にかけるパワーで有馬の底力を感じましたし、奥の坊は逆境にあうことで日頃の体制を見直し、反省し、新しい方向に進むことを学びました。

―有馬温泉は京阪神から近くて通いやすく、憧れの温泉地と言われる反面、値段も敷居も高い、旅館どうしのライバル関係が目立つ、などの印象もあります。これからの旅館業、目指している新しいスタイルはありますか。

 うっ、反面…のところは耳が痛いです…。団体客が激減して、有馬は今、個人客に対応するスタイルに変身をとげました。料金はさがって、随分利用しやすくなったと言われています。が、今度は、値段だけじゃなくてどこまでお客さんの立場にたっていけるか、を具体的に考えて、そのハードルを越えていかなくては。
  どこの旅館も、有馬に来てくださいというより、わたしの旅館へ来て、という営業になってしまいがちですが、ご指摘のような有馬のマイナスのイメージを払拭すべく、有馬全体としての楽しみ方がもっと形を変えてあってもいいはずです。

―奥の坊の自慢はどういうところですか。

  うちのテーマはいま、「有馬一やさしい旅館を目指す」ことなんです。うちは中高年のお客さまが多いこともあり、徹底してお客さまにやさしくあるよう、おもてなしの心を磨いています。あたりまえのことですが、それを毎日、スタッフみんなで言い聞かせあって心からのサービスにつとめていきたいのです。
  老舗ではありますが、昭和に建て替えていますので、設備的には老舗の匂いがするわけではなく、歴史をウリにはしていません。お客さまにとってはきょうのおもてなしの方が大切だと思います。代々受け継いだおもてなしの心をあたためて、敷居はもちろん低く、料金もできる限り低く設定し、毎日ハートで勝負しています。旅館はやはり、ハートです!(笑) 
  最近は、温泉と食事をセットにした日帰りプランも好評です。昼食だけでなく、夕食でも日帰りを設定しています。食事はレストランでもお部屋でもどちらでも選んでいただけますし、男女ともご利用いただけるエステ&リラクセーションルームとのセットプランもあります。とにかく、みなさまにゆっくりくつろいでいただきたい、それだけです。
  今後は、旅行をされる人の立場に立って、ほかの地域の旅館とも手をつなぎあわせていきたいと考えています。ひとつの旅館ではできなかったことでも手を組めば実現するプランがたくさんあるので、それを具体化させたいんです。
  うちはいま、仲居さんはじめ、とても若い力でファイトがあって、調理場、フロントと、みんながひとつになってお客さんに来てもらえるようにがんばっています。 ひとりでもうちのお湯に入ってくれるお客さんがいる限り、やります!


―素晴らしいですね。これからもその元気さと明るさと笑顔でお客さんを魅了なさってください。有馬よもやま話を含め、とても興味深かったです。ありがとうございました。この続きをお聞きになりたい方は、どうぞ奥の坊までご予約ください(笑)
 
 どうもありがとうございました! ネタはまだまだあります。ではこの続きは皆さん、奥の坊で…!(笑)
 

「女将業とは、裏では汗まみれの力仕事をこなしながら、表では笑顔対応」と女将。





    
有馬温泉 旅館 奥の坊
http://www.okunobo.co.jp/
兵庫県神戸市北区有馬町1206
TEL:078-904-0035


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            ご登場いただく方全員におたずねする共通の質問です。

Q1 1ヶ月休みがとれるなら何をしたいですか?
  2歳8ヶ月の娘と海外旅行がしたいです! 非日常の世界につかりたいですが、普段、娘の相手をしている時間がないので、ディズニーワールドにでも行って、ゆっくり遊びたいですね。こういう質問を受けると、ああ、やっぱり遊んでいないなぁ、と思いますねぇ。 
Q2 ここ1週間で食べたもののうち、いちばん印象に残ったものは?
  有馬温泉では毎年、夏になればイベントとして川床ができてステージで歌や踊りなどが披露されるのですが、そこには屋台も出ます。けっこう盛況なんですよ。で、こないだ、そこで食べた屋台のたこ焼きがおいしかった! 有馬観光協会の青年部がやっているようですが。え? 日頃豪華な食事って? まさかぁ、仕事の合間におにぎりなどをささっと食べる程度です。朝昼晩の食事タイムはいちばん忙しい時間なので、そんな時間には食べません、とにかく、時間のある時に空腹を癒す程度なんですよ。
Q3 最近読んだ本で印象的な1冊は?
  さきほどのお話でも出ましたが、司馬遼太郎さんの国盗り物語です。仕事につまったりすると、奥の坊が出てくる場面を繰り返し読むんです。すると、やる気が出て、エネルギーをいただきます。新しい発想が湧いたりも。
Q4 最近見た映画で印象的な1本は?
  えーっつ、映画どころか、テレビ、ビデオもなーんにも見ていません。(力を入れて)時間がないんです!
Q5 最近見たテレビ番組で印象的な1本は?
  見ていません…、はい。
Q6 最近の社会ニュースで印象的なことは?
  尼崎のJRの事故と、東京で起きた震度5の地震です。びっくりしました。人ごとではありません。阪神・淡路大震災では被災していますが、ありありと当時を思い出しました。あの時はロビーのガラスが1枚もなくなるほど砕け散って…。旅館という仕事上、地震、雷、火事、どんな状況にもいつも危機感を持って備えています。わたし、奥の坊の自衛消防隊長ですから、ヘルメットをかぶって走っています。
Q7 いちばん好きな関西弁は?
  まいどおおきに」。感謝の気持ちがつまっているように思いますね。言った人、言われた人の間に、親しみもわきます。言うのも言われるのも好きです。
Q8 ユンブルとの接点、ご関係は?  ユンブルにひとことどうぞ。
  知人が朝日奈さんを奥の坊に連れてきてくれてから、友人付き合いをしています。初めて会った日、朝日奈さんを近くの立杭(たちくい)焼きの里へ案内し、帰りに宝塚の日帰り温泉に寄って夜中まで商売の話をしていました。いきなり、は、は、はだかのつきあいで、すぐに仲良くなりましたよ(笑)。朝日奈さんはとてもパワフルな女性なので、いつも元気をもらえるんです。なんでも率直に表現する人ですが、心はすごーい優しい人です。がんばっている女性で、ユンブルを応援していきたいし、いっしょにがんばっていきたいし、見習いたいです! やっぱり、はだかのつきあいがいちばんですねぇ(笑)。


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