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YUMBLE  WALKING  File.01

天橋立―雪舟の絵「天橋立図」を歩く
 日本三景のひとつとしてかの有名な天橋立。丹後半島の根っこに位置して日本海に接し、あたり一帯は神話伝説にたびたび登場する場所である。天橋立は、もとは国生みの神・イザナギとイザナミが天界と地上を行き来するはしごだったそうな。ある日、イザナギが昼寝をしている間に地上に倒れてしまい、現在の姿になったとか。何度聞いても素敵な伝承だ。2002年には雪舟の没後500年記念で国宝「天橋立図」(京都国立博物館蔵)http://www.kyohaku.go.jp/meihin/kaiga/suiboku/mh48j.htmが公開され、神のはしごはさらに注目を集めた。
豊かな財力をバックに、雪舟の才能は開花する
天橋立|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
「飛龍観」と呼ばれる天橋立の眺め。天の神話、地上の奇跡の絶景である。
   雪舟の半生については詳しくわかっていないが、1420年に現在の岡山県総社市で生まれ、10代で近くの寺の小僧となったのは確かなようだ。そこから京にのぼり、禅僧として相国寺で修行するも、30代には山口県へ移って大名・大内氏の庇護のもと、画僧として活動するようになる。
 雪舟の人生最大の転機は48歳の時だ。遣明船に乗って明に渡るチャンスをつかんだのである。この旅で彼は中国の自由かっ達な表現法に接し、独特ののびやかな画風を追求する自信を得た。帰国後も大分県や岐阜県に旅を続けるが、同時に画人としての才能は見事に花開いてゆく。
 ようやく山口県にもどったのは60歳代。以降は安定した生活を送り、1502年83歳で病死するまで(1506年説もある)、後に日本最大の画家と称される地位を確立する。
 雪舟の人生をたどり、「漂泊の絵師」と称することが多いが、最近の研究ではそのイメージは否定されている。旅の目的は大内氏の命令による情報収集であり、仕事として出張していたと見るからだ。大作を描いた背景には、まずは有力なパトロンと仕事がありき、であった。
 清貧の画聖が描いた、とのイメージで作品を鑑賞するのと、ラッキーな仕事人が旅費をまかなわれて筆をとった、として見るのではこちらの想いも変わってくる。
 さあ、天へのはしごに旅をして、人間・雪舟のハートに触れてみたい。
龍が舞い昇る姿に見える感動的シーン
智恩寺の地蔵|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
雪舟の絵に描かれた二体の地蔵のモデルが智恩寺に現存する。
 天橋立へは駅から徒歩3分ほど。付近には宿や土産物屋、食事処がずらっと並んで旅をするにはとても便利だ。数年前に天然温泉が湧き、日帰り湯を楽しめる宿もある。また、今年3月には、北近畿タンゴ鉄道天橋立駅の横に外湯「智恵の輪」がオープンした。無料の足湯場があって観光客に大人気である。  
 当地に着いたら、まずはお楽しみいちばんの天橋立一望に出向こう。駅から徒歩5分ほどで天橋立ビューランドのケーブル&リフト乗り場があり、頂上へは車も徒歩でも登れないため、これを利用して山頂へ。到着すると向こう岸につながる天橋立が目に飛び込んで来た。
 勢いよく天に昇る龍のように見えることから、この眺めそのものを「飛龍観」と呼ぶ。「生きててよかった」とつぶやく人がいるほど、目を疑うばかりに美しい緑の橋が空に続いている。名物の「股のぞき台」は行列ができる人気ぶり。 股の間からのぞくと天に届く浮橋のよう、といわれるからだ。
 
智恩寺2|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
日本三大文殊のひとつ、智恩寺。山門は雪舟の絵の姿に似ている。
実際にやってみると、頭がふらふらして長くは続けられない。案内してくださったビューランドの山本大八朗社長は、「一瞬の動作で浮遊感を感じてね、天まで続くように、幻想的に見えるのですよ」とおっしゃる。
 天橋立付近は神話伝説には事欠かない。智恩寺もそのひとつである。悪龍を説教するため、イザナギらが中国の五台山から文殊菩薩を迎えたのが智恩寺の始まりで、平安中期に醍醐天皇が勅願所とした。絵の中心よりに大きく描いてあることから、当時の繁栄ぶりが読み取れる。今も参拝者が後を断たない、人気の寺だ。
 図では門前に2人の人物が立っているように見えるが、これは境内の等身大の地蔵菩薩像を描いたもの。今にも歩き出しそうに生き生きと描かれている。さらに、絵に描かれて境内に今も残る多宝塔の建立が1501年ということから、雪舟がこれを描いた年を80歳代とする説、いや絵の多宝塔は今のものとは違う、高齢では旅と力みなぎる絵の制作は無理だから60歳代前半説、がある。最近は60歳代説が強い。
誰もが一度は行ってみたい天橋立を歩く
天橋立の道|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
天橋立は全長3.6キロ、幅20〜170mの砂地。8000本の松が茂る心地よい道。
 船が通るごとに橋が回転して航路を開く「回旋橋」を渡り、天橋立に入る。海を渡っているからか、風がひんやりしてきた。並木の間からは阿蘇海、与謝の海が見え隠れする。
 智恵の松、雲井の松、雪舟松と名付けられた名松が随所にあり、途中、日本の水百選の「磯清水」や智恩寺から移された橋立明神などの見どころも。海岸に出ると丹後半島独特の細やかな白砂が広がって清々しい。
 天橋立は今は国有地だが、江戸時代までは智恩寺の寺領で、昔は参道だった。この地の伝承があれこれと頭に浮かび、足を進めるにつれなにやら気持ちよくなってきた。天橋立は神話と信仰の道なんだ、と気付くのに時間はかからなかった。
 橋立の終点から10分ほどで籠(この)神社に到着。
磯清水|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
天橋立にある日本名水百選に選ばれている「磯清水」。
天照大神はここから伊勢神宮に遷ったことから「元伊勢」と名のり、現83代まで直系で続く宮司の海部(あまべ)氏系図は日本最古の氏系図として国宝に指定されている。神代からの人間の歴史を物語る話ではないか。
 鳥居に立つとわかるが、本殿までの参道は雪舟の絵によく似ている。大きめの描写が、当時の存在感を写しているようだ。もうひと足のばして訪れたいのが籠神社の奥宮にあたる真名井(まない)神社。急に静寂さがあたりを包みこんだ。イザナギ、イザナミの磐座(いわくら)が祀られていることには驚いたが、天地創造の世界と結びつくこの地の由緒がにわかに浮かび上がってきた。
ひときわ高い位置に描き、 聖域を表現した成相寺
天橋立の松|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
天橋立の北端にある「船越の松」(右手前)は雪舟の絵に由来する。
 傘松公園のケーブルに乗って展望台へ。ここでは飛龍観とは違う姿の天橋立を眺望できる。傘松公園からの天橋立は斜め一文字で、飛龍観の力強い景観に比べると、繊細で女性的に思う。海を二分するかのようにまっすぐに延びる様はまた、ため息が出るほど素晴らしい。
雨の日の橋立は神秘的だ。向こう岸に雲がたれ込めて、村田春海の有名な歌を思い出す。
 神の代に 神の通ひし跡なれや  雲居につづく天橋立
   

 
成相寺|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
山寺の風情が漂う成相寺
雪舟の絵でもうひとつ目立つのが山の中腹に建つ成相寺(なりあいじ)である。成相寺へは傘松公園から15分ごとに出ている登山バスで約6分。登山道もあるがかなり厳しいので、ここではバス利用をおすすめする。
 寺には左甚五郎作の真向(まむき)の龍、一言一願地蔵、悲劇の伝説が残る。つかずの鐘など七不思議があり、雪舟時代には三重だった五重塔や展望台にも登れて見どころがいっぱい。
旧永島家住宅|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
庄屋の家屋を移築した旧永島家住宅。

それにしても天橋立図でのこの寺の立地は厳しい。当時の僧や巡礼者は寺を尊敬し憧れ、手の届かない神聖な場所と見ていたのかもしれない。
 成相寺からは徒歩で山の車道を下ろう。天橋立が見えたと思えば京都府立丹後郷土資料館がある。ここは丹後の歴史と文化を紹介するローカルな資料館。隣接する旧永島家住宅や雪舟の図にもある国分寺跡と一体となっている。 ここからは海沿いを散歩して天橋立に戻り、夕景を楽しむのがいい。疲れたら一の宮から観光船に乗って文殊堂まで戻るのも手だ。
実感する雪舟の想像力と 天橋立への熱い想い
夕暮れの天橋立|編集プロダクション ホームページ制作 ユンブル 東京・大阪 ウォーキング
夕方の天橋立は、西陽が松林から射し込み、なんともロマンチックな風景に。
 室町時代の大きな絵は注文制作だが、注文主は智恩寺説、籠神社説、パトロンの大内氏説など数説がある。女性関係は何ひとつわからない。しかしこうしてゆっくり歩くと、雪舟がいかにこの地を歩き、何を見て思索したのか伝わってくるような気がする。
 天橋立図は全体に20枚の絵を継ぎ足しており、下絵の可能性が高い。完成作は発見されず、未完成の美とロマンを感じる心を刺激してくれる。
 全体に空から眺めたように描かれているが、現実にはこの絵のように見える場所は存在しない。雪舟は移動しながら一部分を写生し、頭の中で合成して一枚の絵を創りあげたのだ。
 天橋立は神道や仏教の聖地である。雪舟は白砂青松ではなく、寺と神社がひしめきあう街や取材した土地にまつわる物語、人々の信仰心を描きたかったに違いない。 人物をまったく描いていないのは風俗を避けて厳粛さを求めたからだろうと言われるが、なぜか全体からは人間味、温かさが伝わってくる。それは雪舟がこの地に理想郷を見たからなのか、彼自身の壮大な宇宙感の表現なのか。
 雪舟の謎解きは、自らの足で歩いて土地を実感することからはじまる。





アクセス
大阪からJR特急で2時間10分、京都から特急で約2時間、阪急梅田駅から高速バスで約3時間、北近畿タンゴ鉄道天橋立駅下車徒歩5分で天橋立へ。

コース
計約16`  約6時間 
天橋立駅→天橋立ビューランド→智恩寺→智恵の輪→回旋橋→小天橋(ふれあい広場)→大天橋→岩見重田郎仇討ちの場→磯清水→船越の松→籠神社→真名井神社→大谷寺→傘松公園→成相寺→丹後郷土資料館・旧永島家住宅・国分寺跡→海沿いの散歩道→福知山行きバス停→籠神社前→天橋立をもどる→天橋立駅


問い合わせ
天橋立観光協会 TEL:0772-22-0610  http://www.amanohashidate.jp/
宮津市商工観光課 TEL:0772-22-2121 http://www.miyazu.gr.jp/
天橋立観光協会文殊支部 http://www.tango.or.jp/amanohashidate/
天橋立観光協会府中支部 http://www.amanohashidate.net/


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●本記事は『ウォーキングマガジン2003年3月号』から抜粋修正したものです。

撮影:貝原弘次

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