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| 1.鉢伏山展望台から須磨・一ノ谷を一望。急勾配な山、猫の額のような平地、その向こうに輝く瀬戸内海が広がり絶景。 |
須磨という響きから関西在住の人が連想するのは、「若いころにそぞろ歩いた海岸デート」ではないだろうか。関東でいえば湘南のイメージだ。
「一ノ谷」という地名は今も町名として使われていて、平家物語の舞台である一ノ谷古戦場は、須磨海水浴場から海釣り公園一帯を指している。そう聞けば、「え? ここがあの義経の一ノ谷? そんな場所? 」と、須磨という土地に新たな興味が湧いてくる人も多いだろう。
紫式部の『源氏物語』のなかで須磨は、源氏が謹慎生活を送る場所として登場する。その昔、須磨は京都を追われた公家たちの遁世(とんせい)、流罪の場所だった。そもそも神戸が都市として開発されるのは明治維新前なのだから、12世紀の須磨ならば人影もなかったに違いない。若いころのデートシーンを思い出しつつ、古戦の名残りを探してゆっくりと歩いてみたい。
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| 2.敦盛塚。直実建造説と、鎌倉幕府の執権・北条時貞が平家一門の冥福を祈って建てたという説あり。 |
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| 3.鉢伏山登山道。東に向かって旗振山(はたふりやま)鉄拐山と続く。標識もお茶屋も整っていて歩きやすい。 |
山陽電鉄の須磨浦公園駅は須磨浦公園の中にあって鉢伏山(はちふせやま)山上へのロープウェイ駅とくっついている。降り立てばすぐ背中は山、目の前は海という神戸ならではの地形が待っていた。この山と海の迫り方といえば、神戸市はたいていそういう地形なのだが、須磨のそれはもう、訪れた人にしかわからない迫力。
まずは、出家した熊谷直実(くまがいなおざね。源氏の猛将。後述)が敦盛の供養のために胴体を埋めたという「敦盛塚」写真(2)へ行ってみた。国道沿いに大きな五輪の石塔が目に入る。石が古めかしいからか場所柄なのか、秋晴れ爽やかな日中に訪れたにもかかわらず、ものさみしい気配がする。
須磨浦公園内にもどり、鉢伏山登山口に向かって登ると、与謝蕪村の句碑と松尾芭蕉の句碑が斜め向かい合わせに立っている。すぐ隣には海が見下ろせるスペースがあって視界が広がった。さらに登ると左手には正岡子規、高浜虚子の師弟句碑もあり、江戸時代に彼ら文人たちがこの地を訪れていたことがわかる。風光明媚な土地、の証である。
そろそろ傾斜がきつくなる。舗装された自然歩道や階段が続く(3)が、関西では有名な六甲全縦走という登山イベントの始点のひとつがここ、鉢伏山登山口だ。
まずは海抜246mの鉢伏山山上を目指そう。ぜいぜい。息があがるころには、ロープウェイ駅と合流する展望台に到着した。ぐるり瀬戸内海が見渡せて、淡路島、明石海峡大橋、ポートアイランド、須磨の海岸線を一望することができる(1)。山の頂きというのに足元に海が広がる感覚が独特だ。これが一ノ谷なのか!
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